
放映)ほかは高い視聴率を得て多くの若者の心を捉えた。コミックの世界でもろう重複障害を持っ子どもとその家族を描いた「どんぐりの家」(山本おさむ(1993)4))は一般向けの雑誌に連載されて話題になった。映画では知的障害のある男性が主人公の「フォレストガンプ一期一会」(1995)、大江健三郎原作の「静かな生活」(1996)が話題を集めた。そこで描き出された障害者像は現実のそれとは違うという批判も一部にはあるが、総じて見れば従来のドキュメンタリー的な取り上げ方とは異なり、身近なところに障害のある人の生活を映し出し、そのイメージも人の心を強く引きっける魅力ある存在であることを基本にしていて必ずしも一方的に援助される側にたつ存在としての捉え方ではなくなっている。
4)障害の正しい理解に向けて−障害のある子どもの側からの発信−
「家族支援」と言うとき、その用語の適切さとも関連するが、障害のある子どもの家族が支援を受ける側にあり、支援する側は指導的・専門家的立場から、という図式だけではその概念を十分説明したことにはならない。親の会の活動は、親同士が情報を交換したり、支え合ったりする自助的家族支援の形態であり、従前から重要な役割を果たしてきた。ほとんどの親の会が、会報や冊子、書籍などの刊行を行い、勉強会・研修会を開催して、積極的な自助活動と一般国民への意見発信をしている。「今どきしょうがい児の母親物語」(1995)5)は障害のある子どもを育てている母親のグループが刊行したものであるが、子育ての悩みを語りながらも力強くて明るい母親たちの姿が垣間見える。こんな表現がある。「世の中の人は、しょうがい児の親は100のうち1暗くても100全部暗いって見ちゃうんだろうか(エー、ウソー、知らなかった!)。もしかすると、『しょうがい児の親は大変な苦難を背負って、血のにじむような一歩一歩を歩む、かわいそうな、普通の人間とは明らかに違う人種である』と思われているのでは?」。ユーモアを交えながら、障害のある子どもとその家族を普通に見てほしいと訴えている。
障害の正しい理解に向けての活動は近年活発である。「“音”を見たことありますか?」(1996)6)は、耳が聞こえないことがどういうことか、生活の中でどんな不自由があるかをコミックのかたちで子どもにも大人にもわかりやすく伝えている。教室に聴覚障害のある子どもがいたときなどクラスでその子を理解するための教材としても利用できる。一般の人が障害を疑似体験する試みもなされている。心身障害児教育財団(1996)7)は、セミナーを開催して弱視および盲ろう二重障害の疑似体験を通して障害の理解を促進する活動を行っている。
5)ネットワークについて
地域における家族支援を考える上では、医療、福祉、教育等からなるネットワークの形成は欠かせない。高松(1990)8)は、「療育は、医学、教育学、社会福祉学のみならず数多くの科学を総動員して行う事業であり、それゆえにチームの形成、各種機関相互のネットワークというシステム課題が不可避的に生じる」と述べている。また療育のシステムの近年の変化を「特殊系から一般系への流れ」と「メニューの多様化」の二点にまとめている。前者は、分離収容−分離教育という閉鎖的療育システムか
前ページ 目次へ 次ページ
|

|